1. はじめに:合理的思考を揺るがす「ご祝儀」の非合理性
近々、久しぶりに結婚式に出席します。もちろん、新郎新婦の門出は心から祝福したい気持ちです。
ただ、準備を進める中で、どうしても私たちの「合理的思考」を試す、ある時代錯誤な慣習に直面してしまいます。
それが、ご祝儀にまつわる一連の「非効率なタスク」です。
本記事は、新郎新婦を批判する意図は一切ありません。
あくまで、「新札・現金主義」そして「ご祝儀袋という形式主義」が、現代の私たちにどれほどの時間と労力の損失を強いているのか、という冷静な考察です。
2. 結婚式という「非日常」に潜む、2つの非効率なタスク
結婚式は非日常の祭典ですが、ご祝儀準備には、現代社会では許容しがたい2つの非効率が潜んでいます。
非効率 1: 新札を用意する手間と、金融機関の硬直性
最大の不満の一つが、「新札」で用意、という慣習です。
新札の交換は、銀行の窓口か両替機に頼りますが、その営業時間は平日の9時から15時という、平日仕事している人には不可能な時間帯に限定されていますよね。
両替機も同様の稼働時間なのは、正直、理解できません。(機械の中に行員さんが入って操作しているのか!?)
「なぜATMと同じ機械が動いているのに、同じ稼働時間ではないのか?」と疑問に思います。
このタスクのために、私たちは貴重な平日の時間と労力を削ることを強いられており、これは非効率的です。
非効率 2: 「お金を捨てる」行為、ご祝儀袋という形式主義の無駄
もう一つがご祝儀袋という無駄な形式です。
- 無駄な出費: 袋にまでグレードが記載されており、入れる金額に合わせて選ぶというのは、本質とは全く関係のない形式主義だと思います。
- 即ゴミ化: 豪華に装ったところで、中身の現金を抜いたら、その袋はすぐにゴミ箱行きです。
これはまさに「お金と資源を捨てている」行為に他なりません。
形式を整えるためだけに、時間とお金を費やし、すぐに捨てる。
この無駄な形式は、私たちの合理的な価値観に反するものかと。
3. 解決策:せめて「オンラインご祝儀」であってほしい
私自身、未だ経験したことはないですが、最近はオンラインご祝儀というサービスもあるそうです。
- オンラインご祝儀がもっと広まれば、ご祝儀袋の無駄な支出も、新札を用意する手間も、当日の現金管理リスクも、すべて解決するのではないかと思います。
- 結婚式に催す際は、せめて渡し方だけでも合理的なオンラインご祝儀であってほしい強く思います。
ただ、オンラインご祝儀にすることで何かしらのコストが発生しちゃうのかな・・・と思うところもありますが、
キャッシュレスな時代になんで現金主義に固執するのか。この文化的な硬直性が、私たちの時間と資産を奪っていると感じています。
4. 昇華:合理的な私が、非合理なコストをどう受け入れるか
この非効率な慣習に直面したことで、自分の人生の「こだわり」(資産と時間)を再認識することができました。
結婚式は、合理性や費用対効果では測れない、「感情」と「つながり」にコストを支払う祭りだと理解すべきでしょう。
この非合理なコストを支払えること自体が、日々の合理的な生活によって「自分の人生にゆとりがある証拠」だと思います。
この非効率を、新郎新婦の門出を祝うという感情的なリターンと、「大人の対応」に必要なコストとして割り切り、受け入れることが、精神的なゆとりにつながります。
5. まとめ:非合理な慣習と、合理的な私の折り合いのつけ方
ご祝儀という時代錯誤な慣習に文句を言うのはこれで終わりにします。
そもそも、ご祝儀による収入を見越したレベルの豪華な結婚式自体のあり方はいかがなものかなと個人的には思っています。
そして、新郎新婦との関係にもよりますが、2万円~3万円からの出費。家族で参加する場合はここにレバレッジがかかってくるため、金額が相当なものになるのは正直痛いですよね。
しかし、この非効率に直面したことで、自分の人生の「こだわり」(資産と時間)を再認識することができました。
自分の人生の本当に大切なことに集中するためのゆとりと、新郎新婦への祝福に感謝し、笑顔で参列します。